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Meditation

瞑想

 

現代では「マインドフルネス」や「ヴィパッサナー瞑想」が流行り、科学的に研究され、さまざまな企業やスポーツ選手などが「能力開発」「ストレス解消法」「リラックス法」などとして瞑想を取り入れています。


しかし、瞑想によって得られるものはこんなものではありません。

まだあまり世に知られていない、本当の瞑想をここにご紹介しましょう

 

瞑想の種類​​

瞑想には、大きく分けて2種類あります。

1.形のある瞑想

形のある瞑想とは、たとえばマントラを唱えたり、あるいは神や梵字をイメージしたり、あるいはエネルギーを意識的に操作したりするものです。

カイラスでよく勧めている「トンレン(慈悲の瞑想)」もここに含まれます。

2.形のない瞑想

形のない瞑想とは、無になっていくような瞑想です。

日本の「禅」やチベット密教の「ゾクチェン」「マハームドラー」などもここに含まれます。

この形のない瞑想は、形のある瞑想がある程度進んでくると自然に生じます。

それは自然に生じるので、努力は要りません。

しかしそこに至るまでの努力はいるわけですが(笑)

深い瞑想の世界

瞑想の世界を記述するのはすごく難しいですが、さまざまなパターンがあります。たとえばあるときは、扉を開けるように、またあるときは、瞬間的に世界が変わる感じで、入っていきます。

そのときは体が固定され、そして心も固定され、ガシッという感じで自動的に入っていきます。


そして、上記にはわかりやすく「無になっていくような瞑想」と書きましたが、実際にはこれは「無」ではありません。

明るく、歓喜に満ち、透明で、生き生きとしています。

 

かといって、よくあるオカルティックなものやスピリチュアルなもののように曖昧なものでもありません。

非常にはっきりとしたリアリティのあるものです。

ある意味、この現実世界よりも「リアル」です。

真のヴィパッサナー瞑想

形のない瞑想に入ったら、そのまま何もしない場合もありますが、より深く奥へと入っていったり、しっかりと観察をして、心の仕組みをより深く理解したりすることもあります。

 

そうして知識や論理を超えた、真の意味での悟りを深めていきます。

 

​この観察こそが、本来の「ヴィパッサナー瞑想」です。

​決して、「歩いてる、歩いてる」「食べてる、食べてる」というような類の観察ではないのです。

"今、ここ"の瞑想

「今、この瞬間に意識を集中する。」

このような瞑想をしてみてください。
気を抜くと、すぐに心は過去に引きずられます。


一瞬前も、過去ですから。

時の流れに心を合わせず、その奥にある不変の真実を発見します。

イメージ的にいうと、走っている電車(時)の過ぎ去った車両(過去)を見るのではなく、まだ来ていない車両(未来)を見るのではなく、目の前にある車両(今)を見るのでもなく、その電車の向こう側にある風景を見るような感じです。


 

 
 
 
 

瞑想の起源

瞑想は、遥か古代から行なわれてきました。

旧石器時代、つまり数万年前から行なわれてきたという説もあります。

そこまでいかなくとも、古代の遺跡の石板に人が瞑想をしている姿が描かれていることから、少なくとも紀元前数千年前には存在していたのでしょう。

 

紀元前500年(事によると紀元前1800年前とも)に存在したお釈迦様も、瞑想によって悟りを開きました

ヨーガも、古典的なものは瞑想でした。

遥かな古代から、人々はなぜ瞑想を行なってきたのでしょうか。

 

「"わたし"とは何か」「人生とは何か」「この世界とは何か」

――  このような"生きる"ということの根本的な問いの答えを見出すために、古代から人々は深い森や洞窟に籠り、瞑想に耽ってきたのです。

 

 

 

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​▼目次 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

瞑想の起源

​2.瞑想の種類

3.深い瞑想の世界

  ・真のヴィパッサナー瞑想

  ・"今、ここ"の瞑想

  ・実質的に瞑想を深めるには

4.実践的心理学

  ・習性は変えられる

  ・脳科学の見地から

  ・未定

​5.心を変える三角形の法則

  ・教えを学ぶこと

  ・ヨーガ修行

  ・実地訓練

  ・本当の幸福

6.様々なヨーガにおける瞑想の入り方

7.瞑想のすすめ

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一瞬でもそれを発見すると、心は光り輝き、身体は歓喜に満ち、悩みや不安や妄想は消えます。

発見したものを持続させるには、集中力が必要です。

集中力の極限状態をサマーディといいます。

簡単にいうと、仏教やヨーガの一つの理想は、二十四時間、サマーディに入ることなのです。

それができたなら、その人がどのような職業に就き、何をしていようとも、その人は聖者です。

それができたなら、修行さえいりません。
でもできないので、修行が必要です。

発見された真実は、集中力がないと、すぐに「真実のような姿をした幻影」に姿を変えます。

集中力というか明晰な意識があればいいのですが、それらを阻害するのが雑念、煩悩です。


雑念や煩悩の正体こそまさに、「過去に引きずられる心」なのですが。


あるいは、未来に心引きずられる場合もありますが、正確にはこれは、未来ではなく、未来をイメージさせるような過去の情報に心を引きずられているだけです。

 


真の未来は、今この瞬間に集中することでしか、現われないのです。
まあ、それも今の瞬間の連続にすぎないので、未来といえるかどうかわかりませんが(笑)。

 

感情の正体

全体的に修行を進め、瞑想を深めていくと、面白いことに気づきます。


たとえば悲しみなどのネガティブな感情が出たとき、その感情にじっと集中観察の力を向けてみるのです。


ここでいう集中観察とは、その感情の理由を分析することでもなければ、単に「悲しんでいる」などと実況中継することでもありません。

 


リアルに心を集中し、リアルに観察するのです。

言葉は要りません。実際に"観る"のです。

 


これは少なくとも、雑念や心の問題(煩悩)がある程度静まり、気の流れもスムーズになっていないとできないと思います。


そしてこれに成功すると、「悲しみはただ悲しみであって、それは別に苦しいわけではない」ということに気づくのです。

――  その単純な悲しみという感情を苦しみへと展開させているのは、自分の様々な経験から来る心の習性であり、煩悩であり、雑念であり、心のとらわれであるということに。

 

そしてさらに集中観察の力を強めると――  悲しみが歓喜に変わります。
悲しみ、怒り、執着
――  そういったネガティブとされる感情の本当の正体は、実は純粋な歓喜なのです。


それらが「悪い」とされるのは、ほとんどの場合はそこから悪しき「展開」を行ない、純粋な歓喜を、過去の経験から来る識別のけがれで覆い、悪しき感情に堕落させてしまっているからです。


感情のエネルギーの正体、それは純粋な歓喜。
もちろん、エネルギーさえもすべて静まれば、それはすばらしい寂静の歓喜です。


しかし寂静の歓喜も、エネルギーの歓喜も、どちらもすばらしいのです。
悪しき展開さえ行なわなければ。

実質的に瞑想を深めるには

一般的に行なわれている瞑想は、「形のない瞑想」が多いようです。

つまり何も考えない瞑想にいきなり入ろうとする人が多いようですが、それは不可能です。

無理やり無思考になろうとしても成功しません。

「無というイメージ」に浸っている人が多いようですが、ただボーッと座ってればいいというものではないのです。

特に初期のうちは、長い間ボーッと座っているよりは、アーサナや呼吸法やムドラーなどの行法をたくさんやって、最後に少し座ったほうが瞑想の効率はいいと思います。

しかし、そういった行法に頼ってばかりいても、本当の瞑想には入れません。

日々、エネルギーの浄化と強化、集中力の強化、心の整理と浄化、神の祝福などのさまざまな要素を積み重ねていかないと、実際には成功しないでしょう。

日々の基礎的な修行の地道な積み重ねが、本当の瞑想に至るための一番の早道です。

深い瞑想について、動画でめとめてみました。

​よろしければ、ご覧ください。

 
 
 
 
 
 
 
 

実践的心理学

瞑想は「実践的心理学」とも言われています。

そのメソッドには実質的に心を変える力があるからです。

たとえば、心理学というものがありますが、心理学は、それを学ぶ者にとっては机上の理論に過ぎません。

しかし瞑想というのは、自分で深い意識に入っていき、実際に自分の心の奥にあるいろいろなものを見ることができ、感じることができます。


「あ、こんなところに、昔経験したこういう記憶があるぞ」と。そして「それが、今の私の性格に、こういう影響を及ぼしている」ということが実感をもってわかります。

わたしたちの心や性格は、小さい頃から今まで、メディアをはじめとするさまざまな社会的影響、あるいは家族や友人などの人間関係的な影響によって作られてきました。

しかし、人の心というものは、何度も何度も同じ方向性を持つ情報を入れられることによって、あるいは何度も同じ思考をすることによって培われてきた「習性」に過ぎないのです。

習性は変えることができる

例えば、最初は苦くてまったくビールをおいしいと思っていなかった人も、友人がおいしそうに飲んでいる姿を何度も見ているうちに、あるいはビールの広告やCMを何度も見ているうちに、どんどんビールをおいしいと思うようになっていき、しまいにはビールなしでは人生は考えられないというくらいにまでなってしまいます。

これは「ビールはおいしい」という情報を入れ続けた結果として、そうなったに過ぎません。


しかし、これはわたしたちに希望を与えてくれます。

 

習性に過ぎないのだから、心は変えられるのです。

脳科学の見地から

最近では脳科学でも同じことを言っています。

 

脳内にはニューロンという神経回路があり、人間の思考パターンを司っているといわれています。

そのニューロンは、同じ思考を繰り返すことで、その思考を司る回路が太くなっていき、使わなければ衰えていくということがわかっています。

 

これはつまり、同じ思考のパターンを繰り返し続けていけば、必ず心や性格は変えることができるという科学的証明です。

心を変える三角形の法則

では、実質的にはどのようにして心を変えていけばよいのでしょうか。

心を実質的に変えていくには、「教えを学ぶこと」「ヨーガ修行」「日常生活における実践」の三つが必要です。

教えを学ぶこと

まずは、日々しっかりをヨーガや仏教の教えを学びます。

ヨーガや仏教の教えでは、「日々どのように考え、行動すれば苦しみが消えて、幸福になるのか」ということが詳しく説かれています。

――  それをまさにお経を読むように、日々何度も何度も繰り返し読み込み、心に刻み付けていくのです。

これだけでも教えの情報が心に入っていくことで心は徐々に変わっていきますが、それだけだとあまり効率的ではなく、現実的ではありません。

 

なぜなら、ヨーガの教えと自分の心の働きには大きなギャップがあるからです。例えば嫌いな人に馬鹿にされたとき、そこで怒ることなく慈愛を発しなさいと言われても、急にそれを行なうことは相当難しいでしょう。

ヨーガ修行

そこで「ヨーガ修行」が登場します。

これはまさにカイラスのヨーガクラスでやるようなアーサナ、呼吸法、ムドラー、瞑想といったものを日々行なっていくのです。

 

ヨーガや瞑想をした後に、何でも許せるような晴れやかな気持ちになったことがある人も多くいることでしょう。

これらを行なうことで、実際に体の気道が通り、いつもよりも心が広がってコントロールしやすくなります。

 

心身が良い状態になることで心に余裕が生まれるので、教えを実践しやすくなるのです。

実地訓練

そして三つ目が、実地訓練――  つまり、日常生活における実践です。

ある意味これが一番大事だと言えるでしょう。

 

それはつまり、今まで絶対に怒っていたような状況で怒らないようにするのです。

これは非常に難しいことではありますが、上記の二つを日々実践していくことで可能になるのです。

 

そして、それが一回成功したら、二回目は一回目よりも少し実行しやすくなります。

そして、十回、二十回、五十回・・・とそれを繰り返していくことで、それがどんどん簡単にできるようになり、最後には普通に楽々とできるようになるのです。

本当の幸福

この三つをバランスよく行なっていくことで、実質的にヨーガが目指すところの心が作られていくでしょう。

このようにして心が変わっていくと、人は気づくのです。

「なんで今まで、私はわざわざ自分を苦しめ、本当の幸福から目を背けてきたのだろう?」と。

 

――  結局、ヨーガ修行というのは、楽しいことを我慢して、苦しいことをやっているわけではないのです。

 

「苦しくて意味のないこと」を放棄して、「本当に楽しいこと」を追求していると言ってもいいでしょう。

 

しかし自分のエゴ、心というのは馬鹿なので、何が本当に楽しいことで利益のあることであり、何が不利益なことであるかということを錯覚しています。

 

そろそろその自分のエゴの錯覚を修正して、本当に幸せにしてあげてください(笑)。

​そして、上述のように、このような基礎的な日々の実践こそ、瞑想を深めるために一番重要になってくるものです。

 

様々なヨーガにおける瞑想の入り方

『ラージャ・ヨーガ』

   一点集中の力があるレベルを超えると、集中の対象が拡大を始め、しまいには拡大しきった対象に自分が包まれるような感じで三昧に入っていきます。しかしそれには、戒律の実践から始まる準備修行で、強力な精神集中力を養わなければなりません。

『ジュニャーナ・ヨーガ』

深い意識での論理的思索と納得が繰り返されると、自動的に三昧の扉が開かれます。しかしそれには現世的観念の除去と、ある意味での直感的真理の理解が必要です。

『バクティ・ヨーガ』

神への純粋な愛が高まることで、体と心が固定され、歓喜と寂静のうちに三昧に引き込まれます。しかしそのためには愛欲や物質欲などを放棄し、神のみを求める純粋な希求心が不可欠です。

『クンダリニー・ヨーガとハタ・ヨーガ』

エネルギーが正しい道に入り、浄化され、強化されていくと、体と心がどんどん軽くなり、快感状態が増し、体が浮いているというか肉体の感覚が全く感じられないような状態になります。そしてさらにエネルギーが強まると、そのエネルギーに包まれるような感じで三昧に入っていきます。しかしそれにはもちろん、気道の浄化およびエネルギーの覚醒と浄化と強化、そしてスシュムナーや中央管への気の流入などが必要です。

 

瞑想のすすめ

現代人は非常に忙しいです。

できれば、少しでもいいので瞑想の時間、自己探求の時間を作るべきだと思います。

それはとても大事なものを思い出させてくれる時間です。

とても貴重な時間です。

そしてそれをどんどんクリアな状態で深めていかなければいけません。

 

一日少しだけ瞑想をする習慣を作るだけでも、多くの人の精神的な悩みは和らいでいくと思います。

家でするのが難しいという方は、ぜひ教室にお越しください。

​ヨーガと瞑想で、人生に新たな光を投げかけてみてはいかがでしょうか。

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